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ktgohan blog

Raspberry Pi については http://ktgohan.hatenablog.com へどうぞ。ここではそれ以外のことを扱います。

「浦賀船渠ノ航跡 中止問題」考察1: 漂流する「中止」の根拠

浦賀船渠ノ航跡 中止問題 INDEX | | 書き起こし 前半 | 後半 | | 考察 | | | | | urg_stf_annouce | 中間レポート



はじめに

浦賀船渠ノ航跡』が「中止」に至った経緯は、説明会ではおおむね下記の説明に集約されました。

  • 権利問題により、権利元からの「措置」が仄めかされれた。その権利元がどこかは明らかに出来ない。

  • 上記の問題により、後乗りで入ってきたスタッフが11月5日前後に(ほぼ)全員が離脱した。これにより開催に窮する結果となった。

  • 11月6日?に中止を決定した。

「権利元からの中止の勧告」そして「スタッフの大量離脱」、このふたつが中止を決定づける要素であったことは間違いありません。本項では、このふたつの要素について掘り下げてみます。

「中止」の根拠は説明会の翌日にひっくり返った

その「権利元」とされる企業から実際にそのような申し入れや示達があったかどうかは非常に重要なことなのですが、この説明会があった翌日にいきなりこんな話が飛び出します。

問題とされた「ロゴ」は、その時点では既に有効な商標ではなかったと思われる

もうひとつ。この「浦賀船渠の諸権利については住友重機が引継会社」と同社の説明について、少し考える必要があります。当時の浦賀船渠株式会社は、浦賀重工業時代を経て、最終的には現在の住友重機械工業に吸収される形になっています。このため、当時の浦賀船渠の諸権利や債務債権を引き継いだのは確かに現在の住友重機であることは間違いないでしょう。

ただ、その権利が“現在も有効であるか”は、別の話です。 http://www.ipdl.inpit.go.jp/homepg.ipdl

IPDL(特許電子図書館)の商標出願・登録情報にて住友重機の社名で検索してみると、出願・登録されている商標は196件*1にのぼります。この196件全てに目を通しても、浦賀船渠または浦賀重工業を想起させるものが一切見つかりません。

商標は、特許と異なり半永久的に維持し続けることが出来る代わりに、10年に一度は更新手続きをとる必要があります。*2つまり、合併により旧社の権利を引き継いだ場合でも、更新手続きをしなければ商標を維持することはできないのです。そして、IPDL の商標検索機能は2000年(一部1999年)から提供されていますので、現在も有効または直近まで有効であった商標であれば、IPDL に出てこないとおかしいのです。

つまり、旧浦賀船渠当時の商標は、もともと登録されていなかったか*3、既に失効しているか、住友重機が既に第三者へ売却しているかのいずれかでしかないと思われます。

このため、もし住友重機械工業が「浦賀船渠ノ航跡」に対して商標権の侵害を理由に催事中止を求めたことが事実ならば、それはちょっととんでもないことになるわけです。下手すればこれだけで新聞沙汰でしょう。

説明会の冒頭を振り返ってみますと、さらにこんなやりとりがあります。

(質問者)小川さん、****の(音声不明瞭)です。まず質問です。その当該のロゴですね、小川さんがデザインされましたフライヤー、ホームページ等ですね、どういう認識でロゴを使われたんでしょうか。

(小川)使おうとしたことについては、何も考えずに、使ってしまった

(質問者)何も考えずに使った、かっこいいか

(小川)権利というものは少し考えましたが、浦賀船渠という会社がなくなって50年は経っていると思うんですよ、それで、現在ある会社ではないので、大丈夫かなと思いました。

(質問者)写真については

(小川)写真については、全く知りませんでした。普通に風景を撮ったつもりは撮ったつもりであったんですけれど、ドックが写ってるものは全部だめと言われたんで、これに関しては全く知りませんでした。

浦賀船渠が映っている写真もだめ、という要求が同社からあったことになっていますが、これもよくよく考えれば不自然な話です。浦賀周辺へ行ったことがある方ならわかると思うのですが、少し高台のほうに登ったり、または渡船のあたりからなら普通に撮れちゃう場所です。それを「全部だめ」とするのは、絶対に出来ないとは言いませんが実に難しい話でしょう。*4

なので、落ち着いて考えてみると、上記のこのやりとりは一体なんだったのかという話にすらなってしまうのです。

「撤退」の理由すら漂流する

説明会後半で、中止が決定される前後の事情を尋ねる質問の流れでこのようなやりとりがありました。特に、後乗りでやってきたスタッフらが「撤退」する経緯に関するやりとりです。

(長野)えーと、それはもちろん念頭にございました。ご迷惑をおかけするということは、当然考えました。しかし、私もサークル配置作業等々をかかわっておりましたので、サークルの皆様のそういった情熱、新刊を出す、その日のために新刊を作っているエネルギー、情熱、といったものすべて、私自身が受けておりました。もちろん、開催にこぎつけたかったというのは、私の中の事実です。しかし、たとえ卑怯と言われても仕方ないかもしれませんが、私は、私が声を掛けた仲間たち、そして私自身、私の家族、そういったものに守らなきゃ、そういったものを守らなきゃならない、責任もございました。 申し訳ないですが、そういった関係各位の、関係者を守るために、撤退という判断を下させていただきました。ただし、それまでに作った、それまでの準備で作ったドキュメント、あるいは準備の作業に置いてここまであれば当日の開催は可能であろうというマニュアル等々といったものは、すべて、主催には開示した上で、実際に引き渡した上で、可能であれば開催することは出来るであろうというところまでは、やったつもり、私としては出来る限りの範囲で行ったつもりです。

(質問者)えっと、すみません、ごめんなさい長々と。主催の話では、このまま強行開催すると中止、会場、いや権利者の方が来て強行するよという話は、撤退する前に聞いてますか?

(長野)それは撤退後の話です。

仲間や自身、家族にまで何かがあるかもしれないから撤退する、というどえらい話が飛び出します。尋常なことではありません。

ところが、このやり取りの直後、長野氏は突然こんなことを言いだします。

(質問者)えっと、すみません、ごめんなさい長々と。主催の話では、このまま強行開催すると中止、会場、いや権利者の方が来て強行するよという話は、撤退する前に聞いてますか?

(長野)それは撤退後の話です。

(質問者)撤退後の話ですよね。撤退前の話では、それは、たとえばまあ、ロゴの、そのままやったら問題だというのはさておいといて

(長野)はい。

(質問者)このまま、強行開催できると判断して、撤退しても大丈夫って、私たちスタッフは撤退しますと、あと(音声不明瞭)スタッフを探してくださいという考えだったということでよろしいですか?

(長野)えーと、そもそも当日に担当者等々が、さきほど主催からの説明でございました通り、当日その開催中止に追い込まれる可能性があるといったような話は、撤退判断時には私共は聞いておりません。ですので、その段階においては、修正作業等々、それはもちろん、資金面、ヒューマンリソース等々で、可能であるか不可能であるかというのは不透明な状態でございましたが、その私どもが撤退判断を下した段階においては、修正等をすれば開催可能ではないかと考えておりました。私の判断においては、そのような判断で。

詳しい事情は話せない、のほぼ一点張りであった主催の小川氏とは正反対に、この長野氏はずいぶんとよくお喋りになります。問題はその喋りの内容でして、よくよく聞くと重要な部分の説明がひどく矛盾しているのです。

「関係者や仲間・家族を守るために撤退することにした」と説明した直後に、「当日その開催中止に追い込まれる可能性があるといったような話は聞いていない」と言い放つのです。これが矛盾でなければ何なのかと。

おまけに「私もサークル配置作業等々をかかわっておりましたので」と長野氏ご自身の説明が正しければ、彼は配置作業という極めて深い業務に携わっていながら*5、このようによくわからない理由を付けて「撤退」と言い放ったことになります。

別の記事でも触れましたが、後乗りでやってきたという「スミス@長野」氏らには、そもそも同人誌即売会のスタッフ(特に事前作業を行うスタッフ)としての適性や経験があったのかきわめて疑わしい状況が見え隠れする始末です。彼らは一体どうして「浦賀船渠ノ航跡」に乗り込み、そして開催数日前に突然「撤退」などとちゃぶ台をひっくり返すような真似をしたのか。

説明会の書き起こしより、この長野氏の大演説となった部分を改めて引用します。

(長野)わたくし、ツイッター上でスタッフとして表明しております長野と申します。先程の代表の件についてなのですが、言葉が少々足りないようですのでご説明させていただきます。

まず、先程ご説明にありました通り、中止をした方がよいのではないかというような、権利者側からの説明がございました。それを受けて私共としては、これ以上、このまま強行開催するということは、イベントの強行開催をするということは、多大なるご迷惑をおかけすると判断し、主催に対してこれはちょっとやめたほうがよいのではないかといったような勧告を、勧告と申しますかリコメンドをいたしました。それであっても、それであるにもかかわらず、主催は開催を強行しようといたしました。それにより、私共コアスタッフメンバーとしてはこれ以上スタッフに手を貸すことは出来ないと判断し、撤退という決断をさせていただきました。それ以降の決断、それ以降の中止の決断等々については、すべて主催の責任に帰するものでありますので、あの、スタッフ間での協議というよりは、主に開催の中止に至った決断の責というものは全て、小川代表そのもの、その人個人に帰するものであると考えています。

配置作業までやっておきながら、この言い方はいくらなんでもないんじゃないですかね?

中止の大きなきっかけとなったであろう「スタッフの撤退」問題も、このようにたいへんに不透明なものを抱えたまま、今に至っています。後乗りでやってきたスタッフで、特に事前作業に深く関与した人は『何があったのか』をきちんと説明する義務があるはずです。

みなさまの自主的なご対応がありますことを強く祈念いたします。

*1:2015年2月1日現在

*2:http://www.jpo.go.jp/seido/s_shouhyou/chizai08.htm

*3:実のところ、UDCロゴが過去に登録商標であったかどうかもよくわかっていないのです。

*4:建築物という観点で考えますと、著作権法46条の定めでは、屋外にある建築物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合」は著作権者の許可を必要としますが、建築による複製によらない(たとえば写真)場合はこの限りではありません。

*5:そもそもの話なのですが、かなり後からスタッフとして乗り込んできた人が「自分が配置作業をやりました」などと言い放つのは、これ信義則上とんでもない問題じゃないでしょうか? 以前 Twitter で「次世代に語り継ぎたい同人誌即売会やってもーた100選」なんてタグで遊んでたときに「本当にヤバいネタは墓場まで持っていく」なんて反応がありましたが、これこそ誰にも明かさず墓場まで持っていくべきような事柄だと思いますよ。